マスコミや評論家からの原発の安全性についていろいろな意見がでていて、国民はそれらの意見に振り回されている。そこで土木工学の分野の専門家として私見を述べて正確な判断をする上での参考に供したい。
そもそも、専門分野からの意見が少ないのは、日本の特性であるが、なぜそうなのかも背景を説明する。
日本の工学の専門家としての称号に技術士(Professional Engineer)がある。昭和33年に認定が開始された科学技術分野全体の国家資格である。技術士は、科学技術の全領域に渡る分野をカバーしていて、今回の原発に関係のある機械部門、電気・電子部門、金属部門、建設部門、環境部門、原子力・放射線部門を含め21の技術部門がある。
技術士試験の特徴として、専門分野の実務経験が、原則として7年必要であり、合格率は15%程度と低く、平均取得年齢は約42歳と正に専門性を必要とする資格である。
技術士は、科学技術に関する高度な知識と応用能力が認められた技術者で、科学技術の応用面に携わる技術者で、高い技術者倫理を備え、継続的な資質向上に努めることが責務となっている。
その技術士倫理要綱には、専門技術の権威として、「技術士は、常に専門技術の向上に努め、技術的良心に基づいて行動する。また、自己の専門外の業務あるいは確信のない業務にたずさわらない」と定められている。また、技術士相互の信頼として、「技術士は、相互に信頼し合い、相手の立場を尊重し、いやしくも他の技術士の名誉を傷つけ、あるいは業務を妨げるようなことはしない」とも規定されている。
筆者は、建設部門の技術士であり、土木構造物の設計には地震工学の知見が必須であり、地震加速度が設計荷重の主体であることから、今回の
原発事故に対する専門家の立場にある。また、前記の技術士の義務に違反すると、技術士登録を取り消されることになる。
これに対して技術士以外の立場の場合は、どのような発言をしても一切お咎めがないことから、仮に理に適っていなくてもある程度は無責任なことが言える。しかし、技術士は違反すれば罰則を受けることから慎重にならざるを得ない。これもまた、専門家の責務でもある。
福島原発のインターネット記事の中で、安全率の問題、想定震度について、何も理解されていない人が政府、東電の原子力問題について論説しているのであるから、いたずらに国民を混乱におとしめているにすぎない。
そもそもその彼らは、マグニチュードと震度が何かを全く理解していない。
マグニチュードは、地震が発する全エネルギーの大きさの指標値である。今回の
東日本大震災のマグニチュードは修正されて9の規模で、断層は500kmに及んだ。それに比べて歴史上被害の大きかった阪神・淡路大震災のマグニチュードは7.3で断層は50kmである。これから見ると東日本大地震のエネルギーが如何に大きいものであるか理解されよう。
それに対して、地震の揺れの程度を示す指標が震度である。日本で使われるのが気象庁の震度階級である。揺れであるからその場にいれば、上下動、水平動を受ける。原発のある大熊町は震度6強の烈震の揺れとなり、最大加速度は550ガルであった。それに比べて阪神・淡路大震災は震度7で激震のゆれであり、最大加速度は848ガルであるからその場の揺れの大きさからすれば阪神・淡路大震災が如何に大きいものであるか理解されよう。
ガルとは、加速度の単位であり、重力加速度は980ガルである。阪神は、ほぼ、引力に近い水平加速度を受けたことになる。すなわち、エネルギーから見れば、
東日本大震災が歴史上最も大きなものであり、構造物が倒壊する揺れから見れば、阪神・淡路大震災が最大規模のものであるといえる。揺れから見れば、阪神・淡路大震災ははるかに多くの建造物を破壊し、
東日本大震災は揺れによる被害は少なかったといえる。
それは、阪神・淡路大震災が直下型の地震で地盤の真下に生じたものであり、
東日本大震災は沖合で発生したものであるから、揺れに対してそのような違いが生じるのである。
もし、阪神・淡路大震災が休日の昼間に起こったとすれば、高架橋の上にいた多くの車は、橋とともに落下し、その惨状は、橋の長さからして土木史上計り知れない甚大な被害が発生したことだろう。しかし、橋の建設においては、設計荷重は、見直されることはあっても橋の築造そのものは、廃止されることなく、復旧、施工され、土木技術者が避難されることなく、天災として許容された。
工学的に見れば阪神・淡路大震災は1000年に一度の地震であり、今回の
東日本大震災は、1100年前の貞観地震のマグニチュード8.4を上回るものであるから、有史以来の規模の地震である。
この有史以来の地震の大きさを想定することが果たして、構造物を設計するときコストを考えた上での配慮すべき値であろうか。例え、原発であろうが、安全率において配慮がなされるべきであるが、工学の荷重設定においては、そこまで考慮していない。
例えば、最近多発するテロの犯罪に対して、土木構造物は、そこまでの配慮はしていないし、多分、原発においても考慮されていないであろう。ジャンボジェットの墜落も隕石の落下も荷重として考慮していない。
工学分野において、設計荷重とは、過去の歴史的な事例、それによって起こり得るシミュレーションの結果(技術力)、発生確率頻度、経済性等によって設定される。設定する人は、関係する専門家、学会、関連団体であり、日本の民主的な方法、仕組みによって構成されている。
結果的には、リスクを伴うこともあるが、その時代の意思決定の仕組みであり、民主主義には金が掛かるということであるが、仕方のないことである。
上記の意思決定においてもし不正があれば、これは国家から厳重に罰せられることは言うまでもない。
そのことから結論的に述べれば、地震によって倒壊した鉄塔の検証は待つものの、その後の発生した
津波による事故は想定外の事故であったと言える。
土方一郎
金属部門
2011-06-12 (Sun) 21:16
土方一郎
2011-06-26 (Sun) 07:58
技術士の発言の少ないことに対するご意見に同感です。
技術士としての職業的倫理観からすれば、それぞれの立場から専門的発言をするのが当然です。
まだまだ日本の専門家集団の文化が、醸成されていないのでしょう。工業立国としては寂しい限りです。
原子力村の構成人員の詳細が分からないので、なんとも言えませんが、多分、経営者サイドの参加者で構成されているものと推量します。真の専門家であれば、あのような事態に陥らなかったものと思います。
2011-09-01 (Thu) 01:13